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1.誠実なる意志と希望 --- 2000年ソコル祭典
Slet dobre vule a nadeje


2000年7月1日、ロシツキー・スタジアムにて
2000年7月1日、ロシツキー・スタジアムにて

 「誠実なる意志と希望」というテーマの下、2000年のソコル祭典が行われた。メイン会場となった丘の上でのスタジアムでは、7月1日の午後、そして2日の午後から夜にかけて合計で2万名余りの会員(内、在外ソコル団体からの参加は約800名)が集団での体操を行い、2日の午前中には、その同じメンバーがプラハの中心部を行進したのであった。もちろん、この他にも、各種のスポーツ競技や展示会、記念コンサートなどが行われたが、祭典のメインは何と言ってもこの集団体操とパレードであった。

 しかしながら、彼らは一体、何のために体操をするのだろうか? 元ソコル会長であったペトラーク(Borivoj Petrak)氏は、この疑問に対し、以下のように答えて下さっている。(なお、ここで引用するインタヴューの内容は、後から筆者が再構成したものであることをお断りしておく)。

 89年に復活されたソコルは、何よりもまず社会の良き伝統を保持することを目的としています。1862年に設立され、戦間期には巨大な団体へと成長したソコルは、決してナショナリズムを煽るだけの組織ではありませんでした。そこには、民主主義と自由という市民社会にとって不可欠な価値を社会に浸透させようという大きな使命感があったのです。一言でいえば、[初代大統領であった]マサリクの民主主義を受け継ぎ、そして、今の社会にも伝えていく。これがソコルの目的なのです。
 もちろん、今のソコルは体操というよりもバレーやサッカーといったスポーツに活動の重点を置いています。旧来の体操だけでは、若者の関心を集められないからです。だけども、それはソコルが単なるスポーツ・クラブに変質してしまったということではありません。ある程度は現在の状況に形態に合わせながらも、私たちは、ソコルの創設者、ティルシュの理念を引き継ぎ、体操による社会への貢献を果たしたいと考えているのです。1989年の体制転換以来、私たちは自由を獲得しましたが、今の社会に民主主義と自由が存在するとはとても言えません。多くの人は、自由の意味をはき違え、何でも勝手気ままにやっていいと思っているようです。その意味では、責任感ある個人を育てようとするソコルにもまだまだ存在意義はあると私は考えています。

 ペトラーク氏は1926年生まれであったが、とても70代の半ばとは思えない若々しい方であった。1940年代には古代五種競技でヨーロッパ学生選手権のチャンピオンになったという経歴の持ち主である。カレル大学で社会学を修めた後には研究者としての道を歩み始めるが、1970年には政治的な理由から職を失い、89年の「ビロード革命」まで不自由な生活を強いられていたという。89年末には研究者としてのキャリアを再開する一方、ソコル復活を決める総会でほぼ満場一致で会長(starosta)に選出された(92年まで同職)。現在も、複数の大学で社会学を教える傍ら、地方で新しい大学を設立する運動に奔走されている模様である。(なお、今回のソコル視察においては、7月1日、2日、7日の三日間に渡って祭典の案内、インタヴューなどのセッティングをしていただいている。また、現代社会におけるソコル復活の意義というテーマで、現在、英文の論文を執筆中とのことであった)。
ミラン・ヴォレク氏、氏の自宅にて、2000年7月7日
ミラン・ヴォレク氏、氏の自宅にて、2000年7月7日

 ペトラーク氏と同年代のヴォレク(Milan Volek)氏も、ソコルの役割についてほぼ同じことを主張されていたが、約三時間に渡った氏の話の中で特に印象に残ったのは、ソコルの創設者、ティルシュ(1832-1884)に対する熱き思いであった。「彼の主張は現在においても意味を持っているのでしょうか?」という筆者の質問に対し、彼は「いや、今だからこそ重要なのです」と力強く答え、次のように話を続けられたのであった。

 ティルシュは、チェコ独自の体操を考案した人です。ヤーンのドイツ体操が主流を占め、ドイツ語が高い地位を占めていた当時のチェコにおいて、彼は、チェコ人のための体操を生み出し、チェコ語の体操用語を創り出したのです。今、我々がチェコ語で体操について説明することができるのは彼のおかげです。ロシアとドイツという大国に挟まれたチェコ人がチェコ人として生き延びるために、彼は、身体と精神の両面からチェコ人を鍛えることを望んでいました。他者に対して恥じることのない堂々たる民族、そして確固とした人間を育成することが彼の目的だったわけです。その精神は、現在においても充分通用するはずです。いえ、タガの緩んでしまった今ではもっと重要性を増しているのです。ただ、残念なことに、現在では、ソコルの精神に共鳴する人は少なくなってしまいましたが。


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